富士山測候所の有人観測に幕

 富士山の山頂3776メートルの剣が峰にある気象庁富士山測候所は、職員4人体制で年間を通して気象観測を行ってきましたが、今年9月30日をもって72年間の有人観測に幕を閉じます。
 富士山頂での気象観測は、明治13年(1880年)8月3日〜5日、東京帝大教師らの観測が最初で、その後、夏の時期にたびたび行われていました。明治28年(1895年)10月、野中至さんが剣が峰に私設の観測所を設立し、千代子夫人も加わって、毎2時間の観測を行いました。このとき野中さんは越冬をめざしたが、病気のため12月22日下山せざるをえませんでした。
 以来、佐藤順一さんによる'佐藤小屋'での観測を経て、通年気象観測がスタートしたのは昭和7年(1932年)7月1日でした。富士山頂東安河原に中央気象台臨時富士山頂観測所が設置され、わが国最初の超短波無線機を用いて観測結果を通報しました。そして昭和11年7月には名称が中央気象台富士山頂観測所となり、場所も剣が峰に移転しました
 この頃は御殿場の「強力(ごうりき)」と呼ばれる人たちによって、山頂の観測所まで機材や生活物資が人力で運び上げられていました。
 昭和23年4月、それまで所属していた三島測候所から分離独立し、昭和25年6月1日、富士山測候所に改名しました。昭和39年10月には気象レーダーが設置され、富士山の観測データは、日本の天気予報に革新的な成果をもたらしました。それらはまさに、命がけで富士山測候所で観測を続けた人々によってもたらされたものであると思います。本当にご苦労様でした。今後は無人の計器観測が行われます。
 作家新田次郎の著書「富士山頂」は、この気象レーダーの建設を題材として書かれています。新田次郎こと本名藤原寛人は当時、気象庁測器課の課長として、レーダー建設プロジェクトを率いていました。NHKの「プロジェクトX」という番組の第一回に放送されたのが富士山頂に「台風の砦」となる気象レーダーを建設するプロジェクトで、その番組でも紹介されていました。
そして新田次郎ファンである私(当サイト管理人)からもお勧めの本です。御殿場の強力(ごうりき)小宮山正さんをモデルにして、北アルプスの白馬岳山頂に190Kgもの風景指示盤を担ぎ上げるという題材を書いた「強力伝」もお勧めです。